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ド田舎から都会に出てきて、癌の母親を持っていて・・というくだりまで ほぼ自分と同じでだいぶ泣かされましたが・・ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン / 著者:リリー・フランキー 重なる部分が大きすぎて、学ぶ事、考えさせられた事は 非常に大きくて途方もないものですが、 なんというか、私はこの本は嫌いですね。←おいっ 彼への拒絶感再来、でした。 僕の好きな人が、よく眠れますように 著者:中村航 ただ、嫌いな中にも「考えさせられる事」「学んだ事」「安心したこと」 考えた事が途方もなくたくさんありますので、真面目に感想は書きますが それはこの話が私と合致したからであって、 どうしてこの本がそんなに評価されているのか、 またこの人が評価されるのかはわからない。 はっきり言って不愉快なシーンが多かったです。 とくに前半。 この人途中から文章うまくなってきてる気がしたのは私だけ? もちろん私はそんなたいそうな立場ではありませんが、 ただ読み手として この人って本当に作家? って思ったほど、冒頭100ページぐらい 友達の書いたケータイ小説読まされてるみたいで辛くて辛くてしょうがなかった。 言いたいことはすごくすごく、分かるのですが。。 なんか陳腐なんだよなぁ・・! リリーさんも私みたいなドシロートに言われたかないだろうけれど(苦笑) ------------------- ≪感想(ネタバレ)≫ 読んだきっかけは会社の上司にすすめられたからです。 泣ける本ということで知っていたし、とりあえずとんでもなく泣かされました。 これで泣けない人はいないと思いますよ。 しかし、リリーフランキーが作中書いている中、 一番身にしみて「共感」したのは次の文章だった。 そう、私が生きていく上で漠然と感じている一番の「恐怖」は 間違いなく彼と同じなんだ。 大地震。火星人襲来。地球最後の日。 早くに実家を出た為、 母親(と父親)を田舎においてきて長くなりました。 ホームシックにはかかった試しもないという親不孝モノですが、 それでも上記リリーと同じ恐怖を味わう夜は幾度もあった。 その恐怖が夢に出てくる事もよくあった。 お母さんね、癌になったよ。 そんな夢を何度も何度も見てきた。 そして実際、 Kちゃん、 お母さんね、癌になりました メールが来たのを今でも覚えている。 一番恐れていた事が現実になって、 母がどんなに苦しんでいても自分にはどうする事もできなくて、 日に日に父・母が細く、小さく、言ってる事めちゃくちゃになっていくのが 耐えられなかった。 リリーも同じ気持ちだったんだと思う。 彼は私と同じで、母と30年以上あいているようだから、 20代とか誰もが心配しない時期に 母の還暦やらを迎え、そういう段階に入っている事を 経験しなければならなかった気持ちがよくわかる。 きっとこの恐怖は、普通の人なら30代中ばから後半で 味わうもので、 その年齢のほとんどは生活も安定し、 自分の家族がいる事が多いと思うんだ。 たったの一人で まだ経済力もゆとりがなく ちょうど親孝行なんてまったくできていないこの時期に ひどく弱って痩せていく両親を見るのはつらいのです。 それを余す所なく細かく表現してくれて、 後半部分になるとその文章がとても読みやすく (彼自身が飾り気をなくして没頭執筆してるんだと思う) ぐいぐい引き込まれました。 けれども、 自伝的要素(というか自伝・自分史色が一番強い)の為、 やっぱり文章構成がなぞで・・ 山場・山場・山場・・と続いたり谷・谷・谷・・連続で バランスがめちゃくちゃでひどく疲れました。 そしてこれは一貫して、 ほのぼの ではなく、 ダラダラ・・ といった感じです。 テーマが思いだけに苦しい・・(汗) 「たわむれに母を背負いて ただ、実家に置いてきた両親を思う子の不安をそのまま書いてくれて 共感し涙する人はとても多いと思う。 私は上記の抜粋文の時が一番泣いてしまいました。 もちろんオカンのラストについても泣けるのだけれど、あれは お涙ちょうだい、誰だって泣く所だと思う。 上記の部分が一番「味」があって これはリリーにしか泣かせる事の出来ない個性的な部分だと思うし たいへん共感します。 ものすごく心に焼きつきました。啄木の言葉を借りたのが ますます「わかるわかる!」と膝を乗り出して読みたくなるほどの 説得力があった。 そして、これを読んで私が安心したこと。 あらためてリリーに、 安心させてくれて、ありがとう!と強くおもってやまないこと。 それは、上記の恐怖心に子はまみれているけれど、 当人「親」としてみれば 実はとても幸せであること です。 病気になったらどうしても 「母が苦しむかもしれない」 「誰もいないときに、自分の身体の中に巣食う 【がん】という細胞を考えては、 膝を抱えておびえているかもしれない」 そういう風に母が、両親が思っているのかもしれない、 またはこれからそういう病気になったときに そんな風に怯えて暮らしているのかもしれない 彼らは幸せだったのだろうか 私は彼らに親孝行を返してあげられているのだろうか 彼らの人生は、娯楽も知らず 遊びに行くこともせず、 ちっぽけで何だったのだろうか 楽しかったのだろうか 悔いはないのだろうか そんな不安でいっぱいでしたが、 それが吹き飛びました。 彼らは彼らで、彼らの世界があり、 そしてその中に間違いなく自分たちで「幸せ」を見つけているのです。 外の世界を知る私たちからしたら、 それは狭い範囲内の幸せ かもしれないけれど、 彼らは彼らで、 それが彼らの世界の全て であり 私が言った他愛もない優しい一言が きっと幸せのすべて であり 気に病むほど「不幸」ではないってことです。 きっと、病気になってしまったとしても、 私ら「子」が思う不安以上に、 本人たち自身が、一番自分について心の整理をしている そんな気がした。 だから、私らは自分を苦しめない程度に 自分で暗くならないように、 笑って親たちを慕い、それを継続していければ、 何も特別なことはせずとも、十分親孝行で それが一番幸せなことなんだってこと。 だから、親が病気になったらどうしよう、とか、 親が死んだらどうしよう、とか、 親の幸せに為に何か手を打たねば、とか、 そういう事は考えないで、 普段から、可能な限り両親と話し 出来る限り帰省をして、たっぷり甘えようと思った。 ただ、本としては 私は嫌いです。 ただ、リリーフランキーって人については、 嫌いにはなれないなって思った。 彼を「作家」としてではなく、こういう本をかいた「人」として 見守っていきたい。 本の感想はコチラですv |
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